香月節子氏(東京農業大学応用生物科学部)の話を何年か前に聞いた。「今から25年ほど前、広島を民俗資料室の目的で訪ねた。ぼろやには多くの木綿が回収されてあった。そこで目についたものは、山と積まれた古手の藍染の絣や縞、型染め、筒描の布団、半纏、幟、着物などであった。これらの藍ぼろはいずれもウエス(四角に裁断されて機械を拭くときの布)のための襤褸であった。これらの木綿布も皆四角に裁断されて機械を拭くメンテナンス用のウエスになるのだという。古手の木綿はぼろやにとっては一番商品価値の高いものだった。この工場用のウエスは明治期の近代化における工場、鉄道の設置、軍艦、大砲などの増設に伴ってウエスは多数必要であった。日清、日露戦争が拍車をかけ第1次戦争後はぼろの需要は増加していった」
このようにして、先人たちの織つたり、染めた、貴重なる木綿が消えていったのだ。一体、当時の誰が、今日の古布ブームが来ることを予測できたであろうか。まことに悲しい話である。
マリア書房 襤褸に生きる より
2012年9月12日(水)